楚辺のクラガー [マップ]


クラガー入口

 楚辺のクラガー(暗川)は、現在アメリカ軍トリイステーション(通信施設)の中にあってフェンスで囲まれており、自由に入ることはできません。
 かつては雑木林が一帯を覆っていましたが、今では数本の立ち木があるばかりで、その傍らに洞窟が口を開いております。
 洞窟入口から約20メートルほど下りて行きますと、そこは満々と清水をたたえた池になっております。
 昔、クラガーは楚辺の人々にとっては唯一の飲料水源だったと言われ、三線の鼻祖(びそ)*と言われた「アカインコ」の伝説も、この清水と赤犬の話から始まります。

*鼻祖:中国で、胎生の動物はまず鼻から形ができるとされたことから始祖。元祖。先祖。

 ここは集落から離れてはいますけれども、深い洞窟で、その上飲み水にも事欠きませんでした。それで戦争中は格好の避難壕となり、楚辺の指定避難所となっておりました。
 ところが、アメリカ軍は近くの海岸から上陸して来ました。アメリカ軍が上陸した1945年(昭和20)4月1日には、早くもアメリカ軍は洞窟一帯まで進攻して来ましたので、クラガーに避難していた人々は恐怖のどん底に陥ってしまいました。
 「デテコイ、デテコイ」というアメリカ兵の呼びかけに応じて、一部の人々は出ていきました。けれども洞窟を出かかったものの、「出て行くと殺される」と再び洞窟に戻った人もおりました。
 そうしている内に、洞窟内で息をひそめ、恐怖におののいた人々は、「アメリカーに殺されるよりは、いっそ自分たちで命を絶った方が良い」と、8人の人たちが「入水(じゅすい)自決」し、犠牲となったということです。
 (『読谷村史第五巻資料編4 戦時記録上巻』及び『楚辺誌「戦争編」』参照)