生き残ったフクギ [マップ]


爆弾でさけたが戦後も生長を続けたフクギ

 字古堅53番地の4に古堅のウガン(拝所)があります。地番のことなどは持ち出さなくても、集落内に入るとフクギ(福木)の群落はすぐに見つかることと思います。そのフクギに囲まれるようにしてウガン(拝所)はあるのです。
 同拝所の正面奥には、古堅の鎮守の神、池原之子(イチバルヌシー)の祠(ほこら)があり、雨乞い御嶽(ウタキ)としても祀られているようです。
 沖縄戦以前、ウガンの境内には木がたくさん生えていましたが、戦火で大分焼けて、現在では14本のフクギしか残っていません。
 証言によりますと、戦時中、ウタキ境内には日本軍の天幕張り倉庫がありました。天幕は真ん中にポールが立てられ、周囲全体がすっぽり覆われていましたので、中に何が入っていたのか見えませんでした。恐らく一般の人に見られてはいけないような軍事上の秘密な物が入っているのではないかと思われました。
 戦時中、そこは焼夷弾(しょういだん)か何かで焼かれたらしく、戦後、焼け跡を見ますと、飛行機の部品らしいのが散乱しており、フクギの中には幹が燃えた跡もありました。
 焼けた部分は虫食いや腐食で穴が開き、そこにアコウなどの木が寄生してフクギに取り付いていました。ところが、焼けたフクギの中は半ば空洞化していますが、木はしっかり生きているのです。
 1990年(平成2)頃、字民が清掃をした折、寄生していた木を取り除いて、写真で見るような現在の姿になりました。
 さて、「生き残ったフクギ」ですが、その木は慰霊之碑に向かって右手の方にそびえており、村文化振興課の調査によりますと、胸高幹周り1.88メートル、樹高6メートルとなっていますが、写真で見るとおり、戦時中の砲火で焼かれ、樹木頭部もへし折られて痛々しい姿を留めています。


フクギの左手に古堅の「慰霊之碑」がある