昔、比謝ぬ部落んかい比謝右京んでぃる人ぬめんしぇーたしが。うぬ人ぉでーな五体んまんでぃ、力持ちの武士やみしぇーたんでぃしが。平生、うぬ人が、煙草盆ん石さーに作らっとーる煙草盆でー、普通ぬ人のー二ちぬ手しん引提ぎゆーさんあたいぬ煙草盆やたんでぃしが。
うりあんすか武士やぐとぅ、昔ぇ賭き試しんでぃやーに、別から力勝負しーが来る習慣が有てーるふーじやしが。うぬ比謝橋ぬ、今ぬ交通安全ぬ塔がある所までー、山原船が入っち来る港やたしが。うぬ港ぬんかい船頭達が、其処かい比謝右京でぃる方でーな五体ぬまんどーんでぃ事んでぃ言やーに、賭き試ししーがんち来くとぅ。
うぬ比謝右京でぃる人ぉ自分ぬ妻んかい、「彼処からなー煙草盆持っち来にかい、うぬ人んかい是非なー煙草ん何んうさぎれー」んちょーるふーじーぬ話が出じてぃちゃくとぅ。うぬ妻が引提ぎてぃ来る煙草盆ぉ、普通ぬ人のー二ちん手しんちょーん持ちうーさんあたいぬ、でーな石し作らっとーる大がさる煙草盆なやーにかい。うぬ船頭ぬ達やうり見じゃーに、賭き試しどぅくろーあらん、なーすぐ這這ぬ体逃んぎてぃ行ぢゃんでぃる言い伝えが、比謝右京ぬ話が有たしが。
くれー、隣ぬお爺さんから私たーが十歳びかーないに、聞ちぇーる話るやくとぅ、まー、うる覚るやくとぅ、はっきれーさんしが。とにかく、そういう比謝右京んでぃる大武士が居たんでぃぬ事ぅ今までぃ覚とーしが。なー、うぬあたいるやんでー、私が分かいしぇー。
昔、比謝の部落に比謝右京という人がいらっしゃった。その人はとても体格もよく、力持ちであったらしい。普段、その人が使う煙草盆は石で作られていて、普通の人が両手でも持てないぐらいの煙草盆だったそうだ。
比謝右京はそれほどの大力者で、昔は賭け試しといって、他所から力勝負に来る習慣があったようだね。比謝橋には、現在の交通安全の塔がある所まで、山原船が入って来るような港があった。その港に停泊した船頭たちが、そこには比謝右京というとても力持ちがいると聞いて力勝負にきたそうだ。
そしたら、比謝右京は妻に、「向こうから煙草盆持って来て、その人たちに煙草でも差し上げなさい」と言ったようだ。すると、妻が持ってきた煙草盆は、普通の人が両手でも持てないような、石で作られた大きな煙草盆だった。船頭たちはそれを見て、力勝負どころではなく、すぐさまあちこちへ逃げて行ったという言い伝えがある。それが、比謝右京の話なんだよ。
これは、隣のお爺さんから私らが十ぐらいに聞いた話で、うろ覚えだから、はっきりは分からないがね。とにかく、そういう比謝右京という大力者がいたということは今でも聞いて覚えている。もうそのくらいだね、私が分かるのは。