第三節 『沖縄県史 アイスバーグ作戦』にみる読谷山


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六 読谷海岸が米軍上陸地になった理由

 アイスバーグ作戦では、戦術上及び物資補給上のあらゆる必要事項を検討・研究した結果、米軍の上陸地として沖縄西海岸の渡具知海岸を選定した。以下、その理由を具体的に述べる。(『沖縄方面陸軍作戦』『日米最後の戦闘』参照)
 1 上陸五日以内に、北・中飛行場を確保できる。
 2 作戦遂行上必要な物資の揚陸作業が容易な場所の確保。渡具知の浜だけで二個師団の兵力と軍事物資を降ろせる広さがある。これにより那覇港または中城湾の占領ができなくても、その不利をおぎなってあまりある。
 3 日本軍を二分できる。主力の所在位置と離隔している。
 4 予期する日本軍の最大抵抗線の背面に上陸することにより、兵力を集結できる。
 5 地形上、日本軍の上陸妨害が少ないと予想される。
 6 援護射撃を最高に活用できる。
1945年1月22日現在、米軍作成の日本軍地域防衛図(部分)
画像
 米軍は上陸地の読谷海岸の情報を詳細に調査した。前述したように空撮で得た写真や潜水艦から撮影した海岸線の写真、これをもとに作成した地図、地形や海浜・水路のキメ細かい情報、日本軍の兵力や配置の分析などである。こうした情報をもとに上陸作戦を策定した。
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